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今こそ読みたい!危うくも力強い“真実の愛”―張愛玲著 『傾城の恋/封鎖』 新訳版

『傾城の恋/封鎖』 【新訳 図書 ブログ】

 文豪・魯迅と並び、20世紀の中国文学を代表する作家 張愛玲 (チャン・アイリン) の珠玉のラブストーリーとエッセーを収録した 傾城の恋/封鎖 がこのほど、光文社から 「古典新訳」 文庫として刊行されました。

 魯迅や莫言、鄭義など、現代中国文学研究の第一人者である藤井省三先生 (東京大学名誉教授) が、27年前となる邦訳版の監修を経て、新たに自身で翻訳された待望の作品です。

 表題の 傾城の恋 は、かつての租界都市・上海とコロニアル香港を舞台に、没落資産家のバツイチ・出戻りお嬢さまとイギリス華僑のプレイボーイとの危うくも力強い “真実の愛” を描いた張愛玲の代表作の一つ。

 いわば男尊女卑的な制度であった旧中国の伝統的婚姻をご破算にし、離婚して実家に戻ったヒロインが 「自立自尊のために自由恋愛による再婚で主体的に実家を出ようと闘う物語」 (本書 「解説」) でもあります。
 それにしても、バツイチのヒロイン白流蘇の実家には、当時の典型的大家族であり、没落資産家である訳ありな一族20人以上が同居しており、その複雑でうっとうしい人間関係には、ヒロインならずとも閉口するほどです……。

 兄弟で金(きん)や株に投資するのに、出戻りお嬢さまのお金を使っちゃいけない、縁起が悪いからって! などと白家の四男夫人に皮肉られ、家族から婚家へ追い返されそうになる白流蘇は、怒りのあまり全身が震え出し、刺繍途中のスリッパの表をあごに当てた――震えるあごが今にも外れてしまいそうだったから と憤慨します。

 腐り切った没落大家族という背景はもちろんのこと、家族だからこそありがちな歯に衣着せぬ物言いや激しい言葉の応酬に、読者である私自身、驚きを通りこして感心すらしてしまいました。
 その複雑な人間関係のありようや世の中の世知辛さは、現代にも通じるリアリティーであり、太平洋戦争の開戦前夜であった当時も今も、国境を超えてさほど変わらないのでは? とすら思えます。
 (蛇足ながら、小説の面白さは、こうした細部にこそ宿っていると信じて疑わないものです……)

 さて、白流蘇は、腹違いの妹の見合い相手として出会ったイギリス華僑のプレイボーイ范柳原と、やがて深く惹かれあいます。
 「美しき祖国への夢破れアイデンティティ・クライシスに苦しむイギリス華僑范柳原と、腐り切った旧制度の大家族に心底愛想をつかしながらも逃れるすべのない白流蘇、求め合う二人の愛は半伝統・半近代の文明システムの内にあっては成就し得ぬ」 と藤井先生は 「解説」 で明らかにされています。

 それでも、その 「半伝統・半近代の文明システム」 (旧社会の父系家族・妻妾制度と、新しい自由恋愛・結婚制度の狭間にある文明システム) の中でもがき苦しみながらも、ヒロインが范の情婦となり、強く生き抜くことを決めた姿は、毅然としており凛々しくさえ思えます。

 タイトルになった 「傾城」 (出典: 『漢書』等) とは、もともと君主の寵愛を受けて国 (城) を滅ぼすほどの美女をさしていますが、「傾城」 とは文字通り “歴史の転換点” とも見ることができそうです。 白流蘇と范柳原の恋愛は、いわば当時の “エポックメーキングな恋愛” だったのかもしれない。

 であるならば、現代の私たちはそこから何を読み解くべきか?
 張愛玲は 「……流蘇は自分が歴史において微妙な立場にあることに気づきもしなかった。(中略) 伝奇物語の中の、国を傾け、城を傾ける人とは大体がこのようなものなのだ」 と描写していますが、ならば歴史の転換点にいるかもしれない現代の私たちは、この物語から何を学ぶべきなのか?
 そうしたことに思いを巡らせるのも、興味深いことでしょう。

 藤井省三先生は今回の新訳について 「原文の味わいを十分に伝え」 るため、「段落と文章は原文通りとして、改段や句点など一切手を加えず、可能なかぎりの直訳を心がけました」 とその苦心と工夫のほどを述べられています (「訳者あとがき」 より)。

 そのため中には 「一頁前後の長い段落」 も確かにありますが、しかし文章に冗長さを覚えることは全くなく、かえって作家自身のリアルな息遣いや流麗な文章が楽しめたように思います。
 こうした具体的な翻訳テクニックは、私を含め翻訳を手がける人にとっては、文学翻訳の際の貴重なアドバイスになるのではないでしょうか。

 本書には、前述の 「傾城の恋」 のほか、日本占領下の上海を舞台に、封鎖中の路面電車の中での男女の行きずりの恋を描いた 「封鎖」、占領下の香港と上海が舞台の恋物語と自伝的エッセー 「戦場の香港」、上海に対する深い愛情を語った 「さすがは上海人」 などを収録。

 中国で 「魯迅の後継者」 と目された作家の代表作であり、珠玉の名作選でもあります。
 「傾城の恋」 「ラスト、コーション」 など映画化も多数なされている張愛玲の奥深い世界を、今こそ原文の息遣いが聞こえる新訳で味わわれてみてはいかがでしょうか?


■ 『傾城の恋/封鎖』
 張愛玲・著、藤井省三・訳、光文社古典新訳文庫
 アマゾン紹介ページ 


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  • 2018.11.15 Thursday
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