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『魯迅と紹興酒 お酒で読み解く現代中国文化史』 酒文化ツアーに誘われて

『魯迅と紹興酒』_1 【中国関係 図書 ブログ】

 中国の文豪・魯迅の研究のスペシャリストで、魯迅や莫言、鄭義、張愛玲などの翻訳作品も多い藤井省三先生 (東京大学名誉教授、現代中国語圏の文学・映画専攻) の最新エッセイ集

 本書 魯迅と紹興酒 お酒で読み解く現代中国文化史 (東方書店) は、文学研究者として長年の中国の変化をつぶさに見つめてきた著者が、酒を手がかりに文学や映画、さらには自身の体験を交えながら現代中国文化史を縦横に語る。

 帯にある通り、それはまさに 「酒文化から見た、もう1つの改革・開放経済体制40年史」 であるといえよう。

 本書には、表題の 「魯迅と紹興酒」 をはじめ、映画に見る北京の地酒 「二鍋頭」 (アルクオトウ)、1979年の上海ビールとつまみの味、ラサの公園で市民に勧められた自家製酒 「青稞(チンコー)酒」、台湾文学に登場する清酒 「白鹿」 (はくしか)、ニューヨーク・チャイナタウンの紹興酒、シンガポールで一番旨い酒……といった実にさまざまな “中国酒” とそれにまつわる現代文化のエッセイが綴られている。
 例えば 「魯迅と紹興酒」 では、清朝末期、紹興を思わせる町の飲み屋に時々現れる酒好きの貧乏書生・孔乙己 (コンイーチー) の姿を描いた短編小説 「孔乙己」 を取り上げている。 日本でも広く親しまれている魯迅作品の1つだ。

 中では 「冒頭部の、貧乏読書人を肴に盛り上がる酒場の描写は巧みである」 として、科挙の試験に落第し続けるものの読書人としての気概は忘れない孔乙己と、そんな彼をからかう農民や労働者といった (被支配階級の) 飲兵衛たちとの愉快なやりとりのシーンを自ら訳出して紹介。

 その上で、「本来悲劇的なテーマをペーソスたっぷりの短編小説に書きあげた魯迅の筆力は相当なもの」 
 「……(文語の)『なりけり』言葉を駆使して、(被支配階級の) 短衣族の客たちを煙に巻き最低限の自尊心を守ろうとする孔乙己の弁論術を通じて、魯迅は現代日本の読者である私たちにも、一九世紀末中国の小都市一隅に店開きしていた飲み屋の空気をしみじみと味わわさせてくれるのだ」
と述べている。

 にぎやかな酒場の描写からは、紹興酒がいかに土地の人々の生活を潤していたか、紹興酒と人々との近しい関係や距離感までもが浮かび上がるかのようだ。

 と同時に、読みながらこんな連想も広がった。
 “伝統的な固定観念に呪縛され、自意識も主体性も持ち得ぬ” という象徴的な登場人物、孔乙己にとって、からかわれながら飲む酒 (紹興酒と思われる) はどんな味がしたのだろう。
 私たち現代日本人は、そんな孔乙己の姿をあざ笑うことができるのか? 伝統的な固定観念に縛られて、世界的規模の目まぐるしい変化に乗り遅れている私たちこそ、もしや現代版の孔乙己ではないのか?

『魯迅と紹興酒』_2 ふと、そんな大胆な発想をしてしまったが、そうなのだ。
 本書をひも解くと、さまざまな中国酒の馥郁たる香りが漂ってくるかのようで、ほろ酔い気分で豊かな想像や連想をふくらますことができる。 まるで、中国酒に詳しく中国酒を愛飲するという著者を団長とする 「酒文化ツアー」 の一員になり、その講義を聞きながら、各地を旅するかのような文化的な味わいがある。

 掲載エッセイは 『NHKラジオ中国語講座』 テキストの連載を加筆修正し再構成したものだそうだが、習近平政権の反腐敗運動により “公宴” での飲酒が禁止された顛末など、新たに書き加えられた 「中国の酒宴の変貌」 についての最新報告も興味深い。

 お酒に興味があって真面目な (!?) 大人の読者であれば、できれば各章に登場する中国酒と各地の地図を傍らに用意しておきたいところだ。 それはよりリアリティー豊かに、味わい深く、本書の旅をガイドしてくれるに違いないだろう。


『魯迅と紹興酒――お酒で読み解く現代中国文化史』
 藤井省三著、東方書店、286ページ、定価 本体2000円+税
 

※ 関連エントリー
・ 東京大学・中国文学の藤井省三教授 最終講義レポート――“国境を超える文学・文化の持つ力、信じたい” (2018年3月28日付) ほか


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