5月某日。 一時帰国するために、北京首都空港へ向かったときのことである。
タクシー運転手の友人・
呂さんが、フロントガラスの手前に
赤いカードを置いていたので、不思議に思って見てみると、
「和諧交通 平安奥運 承諾書」 だった。 つまり 「
調和のとれた交通で、
平安なオリンピックを迎えるための承諾書」 といったところか。
裏側を見ると、
「我承諾 熱愛祖国 胸懐奥運 遵守法規 文明駕駛 和諧為本 礼譲為先 服従指揮 暢通安全」
と書いてある。
道路交通法の遵守やマナーのある運転など、4字熟語になった
8項目の要求を 「承諾」 したもので、表側には
呂さんのサインもしっかりと入っていた。
北京市交通安全委員会がこのほど、発行したものだという。
「北京市には現在、タクシーが
7、8万台、タクシーの運転手が
10万人ほどいる。 正規のタクシーであれば、この承諾書にみんなサインしているはず」 と
呂さん。
8項目のうち、もっとも重要な項目は? と聞くと、「
胸懐奥運、和諧為本 (オリンピックを胸に抱き、調和をもととする) さ!」 とすかさず答えが返ってきた。
和諧は現政権の政治スローガンとして、さまざまな場面で使われている、いわば “流行語” である。 先ごろ、中国国内に大幅導入された高速鉄道の名前もたしか 「
和諧号」。
和諧スローガンの広がりを、タクシーの中でも確認することができたのだった。
「ところで、
8項目のなかには “
学習英語” (英語を学ぶ) がないけれど?」 と問いただすと、「市の交通安全委員会から確かに要求されている。 だが、早朝から深夜までの重労働だ。 俺たちにいつ勉強しているヒマがあるというんだい?」 と
呂さん。 腰をさすりさすり、職業病の腰痛に悩まされているともこぼしていた。
〈英語を学べば、オリンピックで稼げるかもよ。 外国人のお客さんが、大勢乗ってくれるでしょ?〉。 のど元まで出かかったけれど、身を粉にして働いている労働者のひとりである。 無責任であろうセリフを、慌てて
ごくりと飲み込んだ。
※ 写真は、承諾書の表側 (左) と裏側。 表には 「鳥の巣」 の愛称で知られる北京五輪のメーンスタジアム、裏には北京のシンボルのひとつ・天壇の 「祈年殿」 が描かれている。